ともだちとねがうこと
プロローグ1.沈まぬ太陽




太陽が沈みません。

もちろん、ここは南極でも北極でもありません。

寒い所ですが、夜の間は、太陽は必ず沈みます。

だけど、それはもう過去の話になってしまいました。

ここにしてみれば強い日差しが照り付けて、雪山の雪を溶かして行きます。

「気をつけて…下さいね……お父さんもお母さんも……最近は危ないですから……」

僕はこう言い、「必ず帰ってくる」と返事を貰ったはずでした。

けど、僕は知っていました。

わかっていました。

最近ではもう、「必ず帰る」と言う言葉は信用できないと言う事を…

「まさか……お父さんとお母さんに限ってそれは……」

僕は、そう自分に言い聞かせて、不安が渦巻く胸を抑えながら、留守番をしていました……





真っ白い皿が、大きな音を立てて床に落ちる。

テレビが現場の様子を映し出し、レスキュー隊が生存者の救出作業を行っている。

もはやそんな物には目もくれず、身支度を整えて彼は家を出て行った。

やわらかそうな淡い水色の髪、清んだ青い瞳、真面目そうな顔立ち。

鈴がついている青い防寒服を着、青い帽子を被っている彼は、チリー。

一目散に事故現場を目指す彼の目には、薄っすらと涙で滲んでいる。

白い息を吐き出しながら、彼は走った。

息をしている感触ももうなくなりかけている。

それでも彼は走った。

大切な人のもとへ。

走るのをやめた彼の前には、レスキュー隊や報道官が慌ただしく動いている。

レスキュー隊はしきりに大きな大きな雪の山を掘り返している。

彼は一度ぺたりとその場に座り込み、息を整える。

「チリーじゃないか!何でここに!?」

チリーが住む村の村長が話し掛けてきた。

「……お父さんと…お母さんは………?」

荒い息遣いでチリーは呟くように聞く。

周囲の喧騒に掻き消されそうな声だったが、村長の耳には重苦しく聞こえて来た。

「……大丈夫だ!心配しなくていいから、家に帰りなさい!」

「すぐに…会えないんですか……?」

チリーの言葉は重みを増して耳に届く。

「……………」

「大丈夫……じゃ…なかったんですね……?もう…会えない…んですね……?」

チリーも、もう14年間ここで暮らしている。

だから、わかっていた。

雪崩に巻き込まれたら、せいぜい15分か20分が限界だと言う事を。

そして今は既に、発生から30分以上が経過していたと言う事を。

頬をつたって落ちた涙はもう凍らない。

照りつける日差し。

それは雪を溶かし、雪崩を引き起こす。

もう数週間前からひっきりなしに雪崩による犠牲者が出て行く。

そして、彼の両親もまた、そうなってしまったのだ。



数日後。

まだ日は照り続けている。

チリーには兄弟がいなかったので、両親が残した家に一人で過ごしていた。

両親は死んだ。

それは十分にわかっているつもりだ。

だけど、数日経った今でも、

今までの出来事は全部夢で、家のドアを開けてひょっこり帰って来るような気さえする。

チリーはその考えを必死になって振り払う。

彼は別の事を考える事にした。

今、気になる事と言えば、一日中照りつける太陽…

既に街中の雪は殆ど溶けてしまっている。

今までにこんな事はなかったし、昔の出来事にも前例がない。

そう言えば……村のお年寄り達の話を思い出した。

『あの山の山頂には伝説の邪神が住んでいて、何か気に入らない事があると災いを引き起こすのだ』と言う。

別段、ありえない事ではなさそうだ。

魔法だって実在している世界だ。

現にチリーも、氷の魔法が使える。

誰も行かない山頂に邪神が住んでいても不思議でもなんでもない。

「このままじゃ……人が死んでいくばっかりだ……僕がやらないと……!」

自信はあった。

両親から譲り受けた登山技術がある。

小さい頃から何回もやっているし、雪崩にさえ気を付ければ山頂へ行けそうだ。

魔法は村の誰よりもうまく使える。

彼は身支度を整え、山へ向かった。

まだ雪崩の跡が残っている。

つまりは、雪もたくさん残っていると言う事だ。

レスキュー隊は数日前から相も変わらず遺体の捜索をしているようだが、

何週間先の話になるのだろうか。

そんな事を考えながらもチリーは、止められると面倒だと思い、登山道から少し左の道なき所を進んだ。

日差しが強いが、山の気温の低さは健在だった。

異常気象のおかげで天候はよく、『怪我の功名』と言う言葉を思い出させる。

「…雪が少ない……雪崩の心配はなさそう………」

彼はそう呟き、さらに上を目指す。

どうやら、雪は先の雪崩で殆ど麓に流されてしまったようだ。

所々、山肌が覗いている。

いつもある霧も、不気味なほどよく晴れており、歩きやすいには歩きやすい。

しかし、馴染みの人間がちょっと目を離したスキにすっかり変わってしまったような気分にもさせる。

「もう少し……!」

崖を登って近道し、もう近い山頂を目指す。

ここでは珍しい心地よいそよ風がチリーの頬をかすめていく。

そしてようやく辿り着いた山頂には、邪神などはいなかった。

代わりに、空高くの太陽を見上げる見た目10歳かそこらの少年が岩の上に立っている。

少し長めのダークグリーンの髪で、被っている二股帽子でも言うのかと悩ませる帽子を被っている。

黒いマントのようなものを羽織っており、蝶ネクタイを身に付けている。

とても登山家には見えない格好で、またこんな雪国で着る服でもなかった。

もちろん荷物も持っておらず、その無邪気そうな顔に似合わない不気味さを煽っている。

「(…邪神……?)」

チリーはいつでも魔法を使えるように準備して、ゆっくりと少年の方へ歩き出す。

「氷の魔法…?強そうだね……使ってみてよ!」

少年は無邪気そうな声で、チリーの方を向く。

しかし何よりおかしいのは、相手の使う魔法の属性を見抜いた事だ。

魔法を使う事ぐらいは見抜けるが、属性までは普通見抜けない。

チリーは手を添えて、思いっきり息を吐く。

それはまるで吹雪のような冷たさと勢いで少年を包み込んだ。

「何しに来たか知らないけど、ボクはもう行くのサ。

じゃねっ♪遊んでくれてありがとなのサ♪」

そんな少年の声が聞こえたかと思うと、少年はもうその場にはいなかった。

走って行ったわけでもなさそうだ。

「彼が…邪神だったんでしょうか……?」

自問するとチリーは空を見上げる。

相変わらず太陽はさんさんと照り付け、弱まる様子もない。

「(邪神の事は迷信だったとしても、あの人は一体……)」

長居は無用と感じ、チリーは山を降りた。

自分の家に帰ると彼は、決心をした。

それは、あの少年を探す事。

もしかすると、沈まない太陽とあの少年と、何か関係があるのかも知れない。

出発は明日にして、チリーは布団に潜り込んだ。



「ずっと昼の方もなかなか面白かったのサ♪」

独り言を言いながら少年は先程までいた山を眺めていた。

「あの人…また会えるといいのサ♪」

青髪の少年を思い出しながら彼は、その場から忽然と姿を消した。



翌朝、チリーは村を出た。

村の人には言わずに、家のドアに手紙だけ貼り付けて。

あの少年はどこに行ったのか?

そんな事はわからない。

ただ南へ、南へと。

あんな格好の少年だ。

もしかしたら南の方に知っている人がいるのかも知れない。

そんな事を思いながら、チリーは歩いた。





雪国の日はまだ沈まない。

もう溶ける雪もない。

山はありのままの姿に変わり果てる。

これからどうなってしまうのか………?